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もうじき、40年    朝霞の漢方 昭和薬局

もうじき、40年    朝霞の漢方 昭和薬局
                                  2014年12月

当店は、来年(2015年)の1月末で、開局40年になります。

振り返って見ますと、あっと言う間に過ぎてしまった感じです。
つぶれもせず、発展もせず、よく生き残ったな、とも想ったりします。
私の仲間の多くは、閉店したり倒産したりしました。
しかし、知人の中には、支店を増やして上場を果たした者もいます。また、上場企業の役員になったものもいます。
40年とはいえ、蒼海変じて海となる、との言葉通りの事が起こりました。
また、薬屋としては、失敗しましたが、別の分野で再起業し、艱難辛苦の末、一定の成功を収めた者もいます。

さて、今から40年前、昭和50年(1975年)の1月末に、朝霞浜崎団地の入居と同時に、昭和薬局をオープンしました。
店名の昭和薬局は、私が昭和薬科大学を卒業したことから、名付けました。
娘は、昭和(薬科大学)ではなく、明治薬科大学卒ですが。

今から、10年以上前、私が50代の時に、薬業界に精通しているベテランセールスに面白いことを言われました。
「店を始めた頃(私は20代)は、若手だったでしょう、でも今でも(当時は50代)若手でしょう。」
「いやー、全くその通り。」と答えました。

この意味する所は、世の変遷を示しています。多分、他の業界でも、似た状態でしょう。
私が、店を始めた頃は、20代後半から30代で薬局(それに限らず、他の業界でも)を始めた同級生も多かったし、朝霞台近辺や朝霞地区でも、その年代で薬局薬店を始めた人が多い状態でした。
しかし、少しすると、大型店・ドラッグストアが拡大してきて、少しずつ閉店して行きました。
ですから、そのセールスがそういうことを言った頃は、私と同年齢前後の者が少なくなり、新規の個人店は出てこない状態でした。
古い店は、自宅の一部が店舗だったりしたので、売り上げが低迷しても、細々と店を続けていました。
それで、50代でも、若手であるという、奇妙な状況がおこりました。
その後は、医薬分業が進んで、若い薬剤師が、調剤薬局を開くようにはなりましたが、調剤薬局の多くは、チェーン店です。個人店は、大変少ない状態です。
私の甥も、薬剤師になりましたが、大手のチェーン店に勤務しています。
しかし、非調剤でない一般の医薬品を売ったり、漢方相談をするような個人店は、新規では出てきていません。
何年か前に、朝霞地区薬剤師会で、朝霞地区の薬局の開局年を一覧にしたものを出しました。それを見ると、当店・昭和薬局は、古い方になっていました。

また、少し前に、ある若いセールスから、開局してどのくらいかと、聞かれました。
すると、彼の取引先では、一番古いとの事でした。売りになりますよ、と言われました。
そう言われて、周囲を見渡してみると、確かにそうです。

みんなみんないなくなってしまいました。
当店・昭和薬局は、住宅公団(今は都市整備公団ですが)の中にあります。
コモディイイダさんという食品スーパーがあり、それと斜め向かいに、8軒の店舗があります。昭和薬局はその一角にあります。その8店舗のうち、最初から営業しているのは、当店だけです。ほかの店は、何回か入れ替わっています。

それで、ホームページ、ブログなどには、朝霞で30何年と表示する事にしました。

おかげさまで、開局40年を迎えられましたが、決して順調ではありませんでした。
始めの頃は、全く普通の商品を売る、普通の薬局でした。
それから、チラシをバンバンまいて、安売りをする薬局になりました。
当時は、大変でしたが、面白くもありました。何しろ、毎日毎日、この狭い店に、雑貨を20~30ケース仕入れて売っていました。
近隣の仲間と一緒に、チラシを作ってまいたり、仲間と、一緒に、大量に商品を買って、仕入れ値を下げて、安売りをしたりしていました。

しかし、その内に行き詰まりを感じるようになりました。
(行き詰まると言葉を濁しましたが、要するに、私を含めて、皆、大型店に進出によって、売り上げが落ち続けました。)
健康食品とか、漢方の勉強を始めました。
一般向けの医薬品、特に和漢薬のなかには、世間には知られていないが、非常に良く効く、あるいは不思議な効き目があるものがあります。
また、同じ薬でも、ほかと組み合わせて、効果を出すものもあります。
そんなものを勉強したりしました。

開局した時には、私自身も若く、独身でしたので、病気とか体の不調などとは、無縁でした。
しかし、結婚し子供が産まれ、年齢も上がってくると、自分自身や家族も、様々な不調や病気が起こり、漢方薬などの効き目を実感できるようにも、なりました。

店では、徐々に扱い商品を切り替えて行きました。具体的には、ベビー用品や雑貨の取り扱いを少しずつやめ、漢方薬、健康食品の取り扱いを増やして行きました。
また、一般的な薬も減らしていきました。その間に、調剤も始めました。

このようにして、現在のような、漢方相談などと調剤の二本立てとなりました。
以前とは、全く違う内容の薬局となりました。

店を始めた時は、独身でしたが、そのうち、結婚し、二人の子供が生まれました。上の息子は、大学を卒業して、今は大阪の支店に配属されています。来年の3月に子供(私からみたら孫)が生まれる予定です。娘は、薬剤師となり、いま調剤を担当しています。
この子供(孫)出来たのも、漢方薬のおかげです。

まあ、40年で、発展はしなかったが、身内の健康に寄与したのと、お客さんの健康に寄与できたのは、悪くはないかな、とも思います。

私の母は、84歳で、ガンで亡くなりましたが、入院して死ぬ前日まで、ボケずに会話できました。父は、今90歳になりました。弱ってはいますが、寝たきりでもなく、ぼけたりもしていません。普通に生活しています。

義父(妻の父)は、86歳でガンでなくなりましたが、なくなる2、3ヶ月前まで、車を運転していました。酒も、たばこも吸っていました。なくなる前の1ヶ月くらいは入院しましたが、最後さで、頭はしっかりしてした。
義父は、60代で胃ガンにかかり、胃の3分の2を切除しました。その後、各種のガンに、罹り、2、3回は、末期だとの診断でした。しかし、その度に、病院の治療と、当店の漢方薬などを併せて、克服しました。
義母(妻の母)は、現在86歳ですが、一人で、普通に生活しています。
私たちの夫婦の両親とも、ボケたり寝たきりになったりしませんでしたし、してもいません。

これは、すべて、漢方薬と健康食品のおかげです。
多くの家庭では、老人のボケ(痴呆症)に悩まされていますが、適切な漢方薬などで対応すれば、ボケ(痴呆)は進まないか、改善出来ると思います。
ちなみに、昭和薬局で良く売れている漢方薬で、痴呆症に効果がある、との特許を持つのがあります。ただし、効能効果には記載されていません。(記載するためには、莫大なお金がかかるため。90歳の父には、これを飲ませています。)
以上、自分自身の身内に関して述べましたが、このような事は、お客さんに関しても言えます。
身内について書いたほうが当たり障りがないので。

さて、平均的日本人は、寿命は長いが、健康寿命はそれほど長くはありません。平均して、最後の7、8年は寝たきりか、それに近い状態だそうです。
ボケずに、人の世話にならずに、人生が過ごせた方が、本人にとっても、家族にとっても幸せでしょう。こうすることは、今までの漢方相談の経験上、十分可能です。

このように、漢方相談に切り替えてから、お客さんにとっても、私的にも良いことが多くありました。

最近は、特に不妊相談に力を入れています。
不妊相談は、新しい命の誕生に寄与できる事なので、大変ありがたいことです。
赤ちゃんが産まれることは、個人的にもうれしいし、社会的にも良いことであると感じます。

最近、娘が結婚して、身軽になりました。
今後とも、漢方を通して、地域、社会に奉仕して行きたいと思います。


朝霞、志木、新座、和光で40年
朝霞の漢方 昭和薬局    薬剤師 鈴木覚
埼玉県朝霞市朝志ヶ丘1-2-6-106
TEL 048-473-7830  FAX 048-473-7332
休業日   日曜日、木曜日、祭日
相談は、要予約

自己主張を始めたヒナミちゃん

自己主張を始めたヒナミちゃん(ウサギです)
                             2014.12

最近のヒナミちゃんは、少し自己主張をするようになりました。

朝と夜にヒナミちゃんのケージを掃除するようにしています。以前は面倒なので、一日に一回、夜だけ掃除をしていました(娘がですが)。
ケージに新聞紙を敷き詰め、その上にちぎった新聞紙をまいています。

ヒナミちゃんは恐がりで、少し変わった音がするとおびえます。
最初のうちは、ただ怯えていただけですが、すこしたつと、怯えてから怒り出すようになりました。
たとえば、床を爪でカリカリしたり、紙を破ったりなどです。

ヒナミちゃんは、部屋掃除の間、新聞紙を敷くときは、静かにしていました。
しかし、新聞紙を切りさく時に、音がでますが、その音をいやがって怒っていました。
それでも、掃除の途中は嬉しそうに、部屋(ケージ)に入っては、出て来たりしました。
部屋が、きれいになったのを喜んでいるのでしょうね。
それと、ごく最近は、掃除の際に新聞紙を切り裂いても、いやがらずに怒りもしなくなりました。

どうやら、新聞紙を切り裂く音は、掃除の一部であることを理解したようです。
そういうことで、掃除の最中はいい子になりました。

さて、先日の夜、娘が疲れていたので、掃除を手抜きしたそうです。
具体的には、汚れた新聞紙の表面だけ取り除き、軽く新しい新聞紙を敷いたそうです。

掃除が終わって、ヒナミちゃんを部屋に入れて、しばらくしたら、怒りだして、暴れ始めたそうです。
ケージをかんだり、新聞紙を引きちぎったりと、大暴れしました。
「ちゃんと掃除してない。
まじめに、掃除しろ!
暴れちゃうぞ!」
と言った、不満の意思表示なのでしょう。
ヒナミちゃんは、行動に良くわからない(つまり動物的な)感じが強かったのですが、年を経て(まだ1歳ちょっとですが)、少しいろいろなことが解るようになったのでしょう。
まあ、ヒナミちゃんも少し人間らしくなったと、面白く感じました。
                    

朝霞の漢方   昭和薬局
薬剤師 鈴木 覚
朝霞市朝志ヶ丘1-2-6-106
TEL 048-473-7830  FAX 048-473-7332


牛乳と健康  骨ソソウ症

牛乳と健康

JapanTimes 2014、10、31
TheBMJ メディカルジャーナルによれば、

スエーデンでの大規模な研究によれば、牛乳を摂利すぎると、早死にし、女性は骨折しやすくなるとのことが記載されました。
スエーデンの研究者たちは、61、000人の女性(39~74歳)を20年間、45、000人の男性(45~74歳)を11年間、調査しました。この研究の終了時には、25、000人が死に、22、000人(?件か)が骨折した。
牛乳の高摂取は、骨折の予防にはならず、死亡率を高めるであろう、とのことです。
10年間にわたって、牛乳を1日に3杯以上飲み続けた女性は、1000人中180人が骨折し、牛乳を1日に1杯以下の骨折は、1000人中に110人が骨折した。

1日に1杯以下の牛乳を摂取する女性に比べて、1日に3杯の牛乳を摂取する女性は、死亡率は90%、腰骨の骨折率は60%高かった。


男性の場合は、牛乳の摂取による、骨折の差異は見られなかった。
ただし、牛乳を全く摂らない人たちより、1日に2分の1杯の牛乳を摂る人々の方が、骨折率がわずかに低かった。

牛乳を発酵させた食品であるヨーグルトやチーズは、女性の骨折を促進しなかった。
その理由として、牛乳には、D-ガラクトースがあるが、チーズには、存在しないことだそうだ。動物実験では、乳糖は老化を早め、寿命を短くするからであろうと、著者たちは、推測している。

牛乳を摂取しすぎると、骨ソソウ症を引き起こし、骨折しやすくなる。

さて、著者たちは、牛乳が骨折を引き起こし、寿命を縮めるかについては、断言していません。


この研究は、スエーデンだけでの結果であり、その他の食物、個人の運動などの要素については、考慮していないので、早急な結論を避けています。
しかし、牛乳の過剰摂取は、望ましいことではないでしょう。
世間には、牛乳を健康の大敵として非難している人たちがいますが、この結果だけから見ると、間違っているとは、いえないでしょう。

一昔前は、牛乳は健康によいと、識者たちが言っていまし
た。


健康や栄養についての常識は、しばしば変わります。

どこかの誰かに、だまされないようにしましょう。

私としては、こう考えます。
牛乳の過剰摂取は、こうそしょうしょう対策としては、期待できない。
しかし、少量、1日にコップ1杯以下は、タンパク質などの栄養摂取には、良いのではないかと思います。

常識的ですが、「過ぎたるは及ばざるが如し。」でしょう。

朝霞の漢方   昭和薬局   薬剤師 鈴木覚
埼玉県朝市朝志ヶ丘1-2-6-106
Tel 048-473-7830  Fax 048-473-7332

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