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秋葉原は江戸の街だった

秋葉原は江戸の街だった

先日(2016.1)、久しぶりに秋葉原に行ってきました。
特に何かを買う等の目的があったわけではないのですが。
私は、高校の沿線にあったこともあって、秋葉原には、時々立ち寄っていました。
まあ、定点観測ですね。

当時は、というよりも、今でも電気の街です。
私は、ラジオ少年ではありませんでしたが、この街を眺めるのが好きでした。
今から、思うと何かのビジネスチャンスをつかむべきでしたが、何もせず、ただ面白いと思っただけです。いわば、お金を落とさない観光客でした。今も、そうですが。

その後も立ち寄っては、電気製品を買ったりしていました。
大学生だった時、初めて電卓を買ったのが秋葉原です。
10、000円でした。今から見ると、ずいぶんと高そうですが、当時としては、電卓としては安かったのです。
大卒初任給が、数万円の時代でしたから、、給料との比較からすると、ずいぶん高価でした。
しかし、当時は、一般的に電子計算機は高かったので、それに較べれば安かったのです。


さて、秋葉原は、その間、ずっと変わり続けて来ています。

昔は、各種の電気部品やラジオ、その後は、各種の家電、さらにパソコン関係、今はオタク関係、ごく最近では、観光客相手の店等が増えてきました。
古いタイプの店がなくなるのではなく、一部がやめて、新しいのが進出、あるいは創り出されて、雑然と混じりあって、一種の熱気を生み出しているのが、面白いところです。

一年に、ここしばらくは、複数回は行っているので、エー、こんなに変わった、と思うことは特にはありません。
ただ、今回は、この光景は、何かに似ているなと思いました。
しかし、なにに似ているかは、その時は、気づきませんでした。

何日かして、そうだこれは、江戸の街だ、と気が付きました。

江戸の街と、秋葉原の類似性

私が、江戸の街と、似ていると感じるのは、以下の事からです。

◎独身男性が多いが、その多くの部分がオタクである。
◎彼らの欲求を満たす物がある(電気製品、PC関係、スマホ関係、ゲーム関係、オタクグッズ等など)
◎ジャンクフード、ファーストフードの街である。
◎マンガ、アニメの源流は江戸にある
◎メイド喫茶、メイドリフレ等は、寂しい独身男性向け
◎アニメグッズ、フィギュアなどは、浮世絵の美人画
◎AKB劇場などは、江戸の芝居小屋
◎他にはない、実験的な店、ビジネスが多い
◎秋葉原に出入りしている、何かの創作者は(多分)多いであろう。
◎神田明神、湯島の聖堂など江戸の伝統とつながるものが近くにある。


これらの、部分部分は、他にもあるが、これらが、渾然一体となっている街は、他の地区にはないでしょう。

江戸時代は、幕府による言論弾圧、身分制度による差別、鎖国により海外との交流の抑圧など、多くの負の部分があります。
しかし、幕府を批判しなければ、その他のことは、多少見逃すという態度をとっていました。ただし、時代により多少の幅はありましたが。
それで、幕府の弾圧にふれないように工夫をして、文化が生まれました。

私は、最近、江戸時代の書物を読む事が多くなりました。また、何かを調べて行くと、江戸時代の物につながる事が、多いのに気が付きました。
現代の日本文化の多くが、江戸時代、特に江戸を中心とした文化に、源流があると思うようになりました。

江戸の街は、人口百万の世界最大の都市でした。しかし、人口構成は、男が圧倒的に多く、いびつでした。
全国の大名が、参勤交代で、家臣を連れて、江戸に来ました。家臣の多くは、当然 男が多いわけです。
また、全国から仕事を求めたり、何かの事情のある男たちが集まりました。
こういうことで、男がますます多くなります。
結婚も出来ない男たちが大量に発生しました。
それを狙って、各種の産業が発生します。
これは、需要と供給の関係ですから、こうなります。

また、家族がいない物は、好きなことにお金を使いました。
江戸っ子は、宵越しの銭はもたない、等と粋がる風潮があありました。
それで、外食産業や趣味の産業が発展することなりました。

寿司は、江戸の街に簡単にすぐ食べられるファーストフードとして、発明されました。
うどん、そばは、もともとあったのですが、江戸の街でファーストフードとなりました。
いずれも、屋台にふらっと立ち寄って、注文すれば、すぐにでてきます。
少し大きな駅には、立ち食いそばの店がありますが、あれはどう見てもファーストフードです。
すぐ出てきますから。
また、最近は、見かけませんが、東京周辺でも、3、40年前位までは、ラーメンの屋台がありました
。私も、時々たべる事もありましたが、注文すれば、すぐに出てきました。
アレは、江戸のうどん、そばの屋台の、現代版でした。
寿司は、今や世界で大流行していますが、江戸の街かどに源流があります。

今、秋葉原は、オタクの街ですが、つまりは、マンガ、アニメとそれから派生した諸々が多くある街です。
マンガの源流は、鳥羽僧正の鳥獣戯画図とされています。
まさにその通りなのですが、絵と文字(言葉)を組み合わせた書籍の大量販売が始まったのは、江戸時代です。

江戸時代には、赤本、黄表紙、御伽草子等が、大量に刊行されました。
代表作である山東京伝先生の「江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)」は、すべてのページにストーリーに沿った絵が描かれており、人物の口から吹き出しがあり、そこにセリフが書き込まれています。
ページの上部には、ストーリーが書かれています
。絵とセリフとストーリーが一体となって、物語が、おもしろおかしく読めるようになっています。
また、主人公である艶次郎(えんじろう)は、鳥羽絵のような人(顔)と、女性から酷評されています。
鳥羽絵とは、鳥羽僧正の鳥獣戯画のことです。鳥羽絵のような人とは、滑稽な顔、醜男という意味です。

作者の山東京伝先生は、一人で、絵と文章を書いています。
また、原作者と絵師が分業している黄表紙もあります。
これは、現在のマンガと、ほぼ同じです。
アニメは、マンガからの派生物ですから、アニメの大本もやはり江戸時代にあります。 

秋葉原は、今やオタクの街、つまりマンガやアニメから派生した物や事の街ですから、立派に江戸の伝統を受け継いでいるとも言えます。

江戸時代には、浮世絵が流行しました。これは、世界的に見ても、特殊な事象です。
絵画という物は、多くは一点物です。西洋の名画という物から、想像してください。画家が特定の誰かの為に描いた物です。しかも、庶民が手に入る価格ではありません。
それに反して、浮世絵は、版画ですから、大量に同じ物が生産され、庶民が手に入れています。
風景画もあれば、美人画、歴史絵もあります。また、変わった絵、ふざけた絵、面白い絵、だまし絵などもあり、今から見ても斬新な絵もあります。
こういう、美術的な(下品なものもありますが)物が大衆化したのが江戸時代です。
美人画を見ては、男たちは、あらぬ想像をし、女性は、ファッションの参考にしたことでしょう。
美人画が、画集、写真集、オタクの好む美少女の絵、かわいい女の子(?ヒロイン)のフィギュアになったと考えれば、合点がいきます。
地方の女性から見れば、美人画は、江戸の街の最先端の衣服、化粧、仕草の手本でもあったのでしょう。
この方面から見ると、ファッション雑誌の先祖とも言えます。

メイド喫茶には、娘と妻を連れて入ったことがあります。まあ、観光ですね。
食べ物、飲み物は、つまらない物でしたが、お客を見ていると面白かったですね。
かわいいメイドさんに、花束を渡している男(絶対独身でしょう)がいたりしました。
また、意外と女性客が多いのに驚きました。

現在、若い世代で、結婚しない、結婚出来ない人たちが増えています。これについては、煩雑なので論じません。しかし、独身者は、残念ながら増えています。

この、独身者のうちの男性が、秋葉原の繁栄を支えています。
独身である理由は、様々でしょう。単に結婚しない場合もあるでしょうし、経済的な理由で結婚しない場合もあるでしょう。
独身であると、可処分所得の大小はありますが、自分の好きなことにお金と時間を、多く費やせます。
これは、江戸の街が独身男性によって、各種の産業が発達したのと、軌を一にしています。

そういうことで、秋葉原に久しぶりに行って、これは江戸の街であると感じた次第です。

さいたま 朝霞の漢方  昭和薬局    薬剤師 鈴木 覚
埼玉県朝霞市朝志ヶ丘1-2-6-106

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